元・救急隊長として、最後に伝えたいこと
このシリーズでは、救急車を呼ぶタイミングや119番通報の方法、救急隊が現場で考えていること、病院選定の裏側など、普段はあまり知られていない救急の現場についてお話ししてきました。
部下への伝言
私は救急隊として、そして救急隊長として、多くの現場を経験してきました。
生まれたばかりの赤ちゃんから、人生を全うされた高齢者まで。
交通事故、心筋梗塞、脳卒中、火災、自然災害……。
笑顔で退院された方もいれば、残念ながら力が及ばなかった方もいます。
救急隊は、毎出場がドラマです。
しかし、そのドラマはテレビのように台本があるわけではありません。
目の前で起きていることが、すべて一度きりの現実です。
かって私が若い部下に教えた教訓めいたことは一つだけです。
「我々にとってよくある現場でも、その要請者にとっては一生に1回あるかないか?の大事件なんだ」ということです。
場数を踏むということ
現場で何より難しかったのは、「正しい判断」をすることでした。
病気は教科書どおりには進みません。
昨日まで元気だった人が突然倒れることもあれば、「少し疲れただけ」と話していた人が重い病気だったこともあります。
限られた時間、限られた情報の中で判断しなければならない。
その責任の重さは、何年経験を積んでも変わりませんでしたが、
代わりに、2重、3重の策を作るというコツも体得しましたが・・・
そこが熟練と言われる、場数を踏んだ者と新しい人との「差」なんだろな・・と
社会はチームプレイ
一方で、救急隊は決して一人では活動できません。
119番を受ける通信指令員。
現場で処置を行う隊員。
受け入れる医師や看護師。
検査技師や放射線技師。
病院を支える多くのスタッフ。
そして、傷病者のすぐ傍にいる家族など。(バイスタンダー)
その全員が一つのチームとなって、命をつないでいます。
救急車だけでは人は助かりません。
病院だけでも助かりません。
誰か一人の力ではなく、多くの人が役割を果たして初めて救急医療は成り立っています。
報われる瞬間(とき)
私が現場で一番遣やりがいを感じるのは、ご本人やご家族がわざわざ消防署までお越しになって感謝の言葉をいただく時です。
後日、
「元気になりました。」
「退院しました。」
そんな話を耳にすることでした。
救急隊は退院の日を見ることはまずありません。
だからこそ、その一言が何より励みになりました。
逆に、「あの時、あと5分早ければ……。」
そんな思いが頭をよぎることもあります。
救急隊員は強そうに見えるかもしれません。
若い隊員によっては耐えられず、配置替えを希望する者もいます。
それはそれで仕方のないことです。
気のせいか私も一回現場に行くたびに、何か一つ、大切なものを亡くしていった気がします。
このシリーズで何度もお伝えしましたが、救急車は「無料だから使うもの」でも、「最後の最後まで我慢するもの」でもありません。
命に関わるかもしれない。
そう思った時に使うものです。
結果として軽症だったなら、それは悪いことではありません。
何もなかったという結果は、とても価値のある結果です。
一方で、「迷惑をかけたくない」「もう少し様子を見よう」と我慢した結果、取り返しがつかなくなることもあります。
どうか、そのことだけは忘れないでください。
もし、この記事を読んだ方が今日できることがあるとすれば、それはほんの少しの備えです。
お薬手帳をすぐ取り出せる場所へ置く。家族で緊急連絡先を確認する。持病や飲んでいる薬を共有しておく。自宅の住所を子どもにも覚えてもらう。
たったそれだけでも、いざという時には大きな力になります。
救急は、「もしも」が起きてから考えるものではありません。
何もない今だからこそ、準備しておくものです。
最後に、一つだけお願いがあります。
救急車を見かけたら、道を譲ってください。
交差点で少し待ってください。
その救急車の中には、あなたの知らない誰かの大切な家族が乗っているかもしれません。
そして、いつかその誰かが、あなたやあなたの家族になる日が来るかもしれません。
かくいう私もその被救護者の一人になってしまいましたが・・・
救急医療は、誰か特別な人のためではありません。
私たち全員のためにある社会の仕組みです。
だからこそ、一人ひとりの理解と協力が、その命を支えています。
救急隊長として現場を離れた今でも、サイレンの音を聞くと気にはなります。
でも正直言うと、「あ、どこかで誰かケガか病気なんだろうな」程度です。
逆に言うと、無関係の人にとっては似たような感じなんでしょう。
このシリーズが、皆さんにとって救急医療を少しでも身近に感じるきっかけとなれば・・・と願ってやみません。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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