「DNR」とは? 命の終わりの選び方

救急隊のホンネ

医療のドキュメンタリーや介護の現場で、ときどき耳にする「DNR」という言葉。

なんとなく「治療を諦めること」や「見捨てること」のような、冷たいイメージを持っていませんか?

しかし、その本当の意味を知ると、イメージはガラリと変わります。DNRは冷酷なルールではなく、むしろ「最期までその人らしく、尊厳を持って生きるため」の、とても人間らしい選択肢なのです。

今回は、難しい医療用語をできるだけ使わず、私たちがいつか向き合うことになる「DNRの本当のところ」を分かりやすく解説します。


1. そもそもDNRって何? —— 「治療の拒否」ではないという誤解

DNRは英語の略(Do Not Resuscitate)ですが、日本語に直訳すると「心肺蘇生(しんぱいそせい)を行うな」という意味になります。

ここで多くの人が勘違いしてしまうのが、「DNRに同意したら、病気になっても治療してもらえないのではないか?」という不安です。

結論から言うと、それは違います。

DNRが対象にしているのは、あらゆる医療ではなく、「心臓や呼吸が止まった、まさにその瞬間」に行う胸骨圧迫や電気ショック、人工呼吸器の装着です。

心臓が動いている間の治療、たとえば風邪や肺炎の治療、ケガの手当て、がんの痛みを和らげるケアなどは、DNRを選んでいてもしっかりと行われます。あくまで「心臓が止まってしまったときに、無理な引き戻しはしないでほしい」という、お医者さんとの限定的な約束事なのです。


2. 医療の進歩が生んだジレンマ —— 「生きられる」と「生かされる」の境界線

昔の医療では、心臓が止まることはそのまま「死」を意味していました。しかし現代の医療技術は目覚ましく進歩し、止まった心臓を動かし、機械の力で呼吸をさせ、薬で血圧を維持することができるようになりました。

これは多くの命を救う素晴らしい技術ですが、同時に新たな苦しみを生むことにもなりました。

たとえば、老衰や病気の末期で、体がいよいよ限界を迎えて心臓が止まったとします。ここで全力の心肺蘇生を行うとどうなるでしょうか。

大人の胸を5センチ以上も沈ませる胸骨圧迫は、肋骨が折れるのでは?と心配になるほどの強い負担がかかります。

そうして一時的に心臓が動き出したとしても、意識が戻らないまま、機械によって「生かされ続ける」状態になってしまうことも少なくありません。

「これは本当に、本人が望んだ状態なのだろうか?」

「ただ亡くなる瞬間を先延ばしにして、苦しみを長引かせているだけではないか?」

こうした医療現場の苦悩や反省から、「ただ生かすのではなく、穏やかな最期を守ろう」という目的で生まれたのがDNRなのです。


3. 現実の現場での葛藤 —— 「本人の遺志」と「家族の愛」

理屈では分かっていても、いざその瞬間が来ると、人間の感情は激しく揺れ動きます。

よくあるのが、「本人の意思」と「残される家族の願い」のズレです。

高齢の父親が、生前に「もしもの時は静かに逝かせてくれ」と家族に話していたとします。しかし、いざ病院で心臓が止まりそうになったとき、動揺した子どもが「先生、何でもいいからやってください! 見殺しにしないで!」と泣き崩れてしまうことがあります。

家族からすれば、目の前で愛する人の命が消えようとしているときに、「何もしないで」と言うのは、まるで自分が見捨てるような強い罪悪感を覚えてしまうのです。お医者さんも、家族の深い悲しみを前にして、本人の言葉通りに蘇生を諦めるべきか、激しく葛藤します。

だからこそ、DNRは誰か一人の判断で急に決めるべきではなく、元気なうちから家族みんなで何度も話し合い、お互いの気持ちを理解しておくことが何より大切になります。

我々救急隊もDNRが判明した場合でも胸骨圧迫はします。


4. 最近よく使われる「DNAR」という言葉の、優しい理由

最近、病院ではDNRに「A」を足して「DNAR」と呼ぶことが多くなっています。このAは「Attempt(試みる)」の頭文字です。

意味は「蘇生を“試みる”のをやめよう」となります。わざわざ言葉を変えたのには、理由があります。

「蘇生を行うな」と言うと、やれば助かるのにわざと見捨てるような響きがあります。しかし、老衰や病気が最終段階にある人の心臓が止まったとき、胸骨圧迫で元気に回復できる確率は、実際には極めて低いのが現実です。

つまり、その段階での蘇生術は「命を救う処置」ではなく、「成功する見込みのない、ただ本人の体を傷つけてしまう行為」になってしまう可能性が高いのです。

そのため、「本人の体を無駄に傷つけるような“試み”はしないでおこう」という、医療側の優しい配慮を込めて「DNAR」と呼ばれるようになっています。


5:救急隊が救急要請されたらどうする?

私の現場経験談をお話します。私が隊長を務めていた時には「DNR対応」に対しては、制度として国どころか消防本部でも手付かずでした。現場の隊長判断という恐ろしく荷の重い大変難しい決断を迫られる場面でした。トップページにも書きましたが、私は在職中に「行政書士」試験に合格しておりそれなりに法律も知っていたつもりでしたので、師匠とも呼べる弁護士さんなどに教えを請いながら自分なりのプロトコルを完成させました。これは自分を守るため・・の側面もありますが何よりも目前の心肺停止である人の「気持ち」や「尊厳」を守るために考え抜いた方法です。

具体的には、救急要請があった現場に行くと家族がいます。胸骨圧迫を行いながら、雰囲気で「ひょっとして?」と思ったら、「この人は延命処置について何か決めてましたか?」と尋ねます。

  • 明確な回答がない場合: 家族の了承を得て、高度な救命処置を行います。
  • 明確に「DNR」と答えた場合: 書面を見せるように依頼します。また、看取り状態の人ならば、夜中であっても関係なくかかりつけ医に電話するように依頼します。

その場でかかりつけ医の言質が取れたら、最小限の心肺蘇生はおこなう旨を説明して病院へ搬送します。書面があれば、それを発行した医師の所属病院に電話して受け入れをしてもらいます。

かつて、ある病院に搬送した際、看護師から「この人はDNRなのを知らないの?!」と喧嘩腰に言われたことがありました。私はすかさず冷静に、「『黙示の了解』という言葉を知ってますか? 知らないと医療従事者として失格ですよ」と言い返しました。看護師は黙り込み、あとで救急医から指導されていました。

ここで整理したいのは次の3点です。

1 救急要請するということは病院搬送に同意するということ。(1と2が黙示の了解です)

2 病院搬送に同意するということは応急処置(心配蘇生法を含む)を受け入れるということ。

3 超例外的に「DNR」が確認できたとしてもAED放電も含む心配蘇生法は継続しなければならないこと。(ただしALSと言われる二次救命処置はしません。)

以上ですが、参考にしてください。

6. まとめ:これからの未来とDNR

「まだ自分には関係のない、縁起でもない話だ」と思うかもしれません。しかし、急な病気や事故は、ある日突然やってくるものです。

いま、医療や介護の現場では、DNRを一歩進めて、自分がどんな最期を迎えたいかをあらかじめ話し合っておく「人生会議(ACP)」という取り組みが広まっています。

DNRの意思表示は、決して死を受け入れる敗北の手続きではありません。むしろ、「人生のラストステージまで、自分らしく尊厳を持って生ききるための、前向きな権利」です。

この記事をきっかけに、大切な人と「もしもの時」について、少しだけ真面目に、そしてお互いを思いやりながら、言葉を交わしてみてはいかがでしょうか。

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