救急隊は現場で何を見ているのか
119番通報をすると、救急車がサイレンを鳴らして現場へ急行します。
「救急隊が来たら病院へ連れて行ってもらえる。」
多くの方はそう考えていると思います。
しかし、救急隊にとって現場は「搬送するかどうかを決める場所」ではありません。
本当の仕事は、命に関わる危険を見逃さないことです。
私は長年、数え切れないほどの現場に出場しましたが、救急隊が到着してから最初の数分間で行っていることは、実は全国どこでもほぼ同じです。
第一印象は意外と重要
救急隊は玄関を開けた瞬間から観察を始めています。
患者さんだけではありません。
家の様子
室温
臭い
薬の量
食べかけの食事
転倒した形跡
家族の慌て方
これらすべてが重要な情報になります。
例えば夏場。
室内が40℃近い状態で高齢者がぐったりしていれば熱中症を疑います。
逆に冬場で暖房が全く入っていなければ低体温症の可能性があります。
床に割れたコップが落ちていれば、倒れた瞬間を推測できます。
薬が大量に散乱していれば薬の飲み過ぎも考えます。
つまり、患者さんが話せなくても、現場が多くを教えてくれるのです。
最初に測るのは「命のサイン」
救急隊が到着すると、
「血圧を測りますね。」
「指をお借りします。」
と言われた経験がある人も多いでしょう。
これは単なるルーティンではありません。
救急隊が確認するのは、
・意識はあるか
・呼吸は正常か
・脈拍は正常範囲内か?
・血圧の高低状態は?
・血中酸素は十分足りているか
という生命維持に必要な情報です。
これを総称して「バイタルサイン」と呼びます。
実は病院でも最初に確認するのはほぼ同じです。
つまり救急隊は、病院へ到着する前から診療のスタートラインを作っているのです。
「大丈夫そうですね」は本当に大丈夫なのか
傷病者からよく言われる言葉があります。
「もう治った。」
「さっきまで苦しかっただけ。」
「今は何ともない。」
しかし、これが一番怖いことがあります。
例えば胸の痛み。
10分前まで激痛だったのに、救急隊が着いた頃には痛みが消えている。
これで安心できるでしょうか。
答えは「いいえ」です。
狭心症は痛みが消えることがあります。
脳梗塞でも手足のしびれが一時的に改善することがあります。
症状が消えたから安全とは限らないのです。
だから救急隊は「今どうですか」だけではなく、「いつから」「何をしていて」「どんな痛みだったのか」を細かく聞いていきます。
家族の一言が命を救う
現場では本人より家族の話が重要になることもあります。
「今日は朝から様子がおかしかった。」
「昨日から食事をしていない。」
「いつもなら絶対こんなことは言わない。」
このような情報が診断につながることは珍しくありません。
逆に、
「本人が大丈夫と言っているから。」
だけでは判断できません。
高齢者は痛みを我慢する人もいます。
脳卒中では本人が異常に気付いていないこともあります。
だからこそ周囲の観察は非常に大切なのです。
救急隊は「運ぶ人」ではない
救急隊は無料タクシーではありません。
搬送中も患者さんの状態は刻一刻と変化します。
心停止になることもあります。
呼吸が止まることもあります。
血圧が急激に下がることもあります。
そのため、救急車の中では常に患者さんを観察しながら必要な応急処置を続けています。
さらに病院へ到着すれば、
「何時何分に発症。」
「現着時の血圧は○○。」
「意識レベルは○○。」
「既往歴は○○。」
などを医師へ正確に引き継ぎます。
この申し送りがあるからこそ、病院はすぐに治療へ入ることができるのです。
実は一番困る通報
私は現役時代、こんな救急要請を何度も経験しました。
「本人が動けない。」
現場へ行くと、
「今日退院なので病院へ連れて行ってほしい。」
「予約時間に間に合わない。」
「家族が仕事だから付き添えない。」
間違いなく、私のスイッチが入る状況ですね。はい。
しかし、単なる交通手段として利用されると、その間、本当に命が危険な人のもとへ向かう救急車が足りなくなる可能性があります。
救急車は無限にはありません。
だからこそ、本当に必要な人のために使っていただきたいのです。
次回予告
「どこまでなら様子を見てもいいのか。」
これは誰もが一度は悩む問題です。
頭痛、腹痛、発熱、転倒…。
救急車を呼ぶべきか、それとも翌日まで待てるのか。
次回は、元・救急隊長の経験から「迷ったときの判断ポイント」を、実際の現場での事例を交えながら分かりやすくお話しします。
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